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暑い夏の、まぶしい朝だった。いつもは起きていないモリガンが、けだるそうな顔をしながら、お茶を入れていた。
今日はね、お客様がくるの…いいこと?貴方が相手をするのよ、ニルヴァーナ。
長い髪の毛をまとめて、差し出された熱いお茶を口に運びながら俺はためいきまじりに言った。
「ダメだよ。今日はゼミがある日だから…。無茶を言わないでくれないかな。テスト近いんだ…」
その瞬間に、玄関のチャイムがけたたましい音を立てた。
一番朝の便で来るって言ってたからね…全く迷惑な話だわ。
モリガンはそういいつつ、俺に「でるように」と目配せをした。
俺は諦めて、玄関へ向かった。けれど、玄関の扉を開ける必要はなかった。玄関のドアがひとりでに激しい音を立てて開き、桃色の髪をした少女が飛び込んできたからだ。
モリガン!…お、おぬし…!ふらふらと勝手に家を出て…いったいどのくらいたっていると思っておる!…連絡一つよこさず…いったいどういうつもりじゃ!
彼女の目にはありありと怒りの色が浮かんでいた。少女の剣幕の前に俺は、無言で立ち尽くしてしまっていた。その瞬間、誰かに自分の腕をつかまれた。
ニルヴァーナ…
慌てて声のするほうを見ると、俺と同じ肌の色をした黒いワーウルフの若い男がいた。どこかで見たような、懐かしい顔と声…。意志の強そうな、その瞳になぜか不安そうな色を浮かべている。
ろくな対応をしようとしない俺に、業を煮やしたのか、モリガンがつぶやいた。
男同士で何をそんなに熱く見つめ合ってるのよ。はやくこっちにきなさいよ。
見てみるとすでに、少女はモリガンの側に行って、かみつかんばかりにわめいていた。モリガンの目が、どうにかしてよ、と語っている。
「ごめん、腕、放してくれるかな。ひとまず、向こうに行って座ろう…」
俺がそう言うと、彼はおとなしく俺の腕を開放した。でも、相変わらず、何か言いたそうな瞳はそのままだ。ふと、俺は気になって聞いてみた。
「俺の名前知ってるんだね…君とは昔、会った気がするんだけど…えっと…君の名前は…」
その瞬間に、彼の瞳に落胆の色が浮かんだ。そして、すぐに彼は目を伏せると軽く首を横に振った。
それがどう言う意味を持っているのか、俺には理解できなかった。
結局そのまま、俺たち4人は一つのテーブルでお茶を飲むことになった。桃色の髪の少女は、モリガンの妹で、リノアンということがわかった。彼女は、モリガンに対して、始終文句を言っていた。
奔放な姉に、今まで多くの不満をためていたようだ。モリガンは、うんざりした顔で頬杖をついていて、ただただ、リノアンの話を聞いているだけだった。
リノアンが饒舌なのに対して、ワーウルフの青年は何もしゃべろうとはしなかった。一度機会を逃したせいか、名前を聞き出すのも悪いような気がして、俺は話し掛けることさえもできなかった。リノアンの声だけが、響いていた。
あぁ、もう…。わかったわよ。わかったから、少し黙ってなさい、リノアン。…ねぇ、ぼうや。ぼうやの名前はなんていうの…?
ついに耐え切れなくなったのか、リノアンを制し、モリガンが彼に話し掛けた。
でも、青年はやはり何もしゃべろうとはしなかった。リノアンが不思議そうに彼につぶやいた。
照れておるの…?おぬしがそんなタイプには見えなんだが…
彼は、つぶやいた。
ごめん、俺、今日の宿を探しに行くよ。…悪いけど、帰るな…。
リノアンとモリガンの静止を聞かずに彼は玄関を出て行った。俺はどうしても彼が気になって、その後姿をずっと見ていた。
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